| 山口 |
アフリカではいかがでしたか。私はアフリカに行ったときに、空手をやって、とずいぶんリクエストされて、ちょうど習ったこともあったので型を披露したら喜ばれて、ずいぶん得な思いもしましたけれど、そういうことはありませんでしたか。 |
| 作者 |
空手とかカンフーはよくやってくれと言われました。なぜかアフリカでもカンフー映画、特にジャッキー・チェンのものが流行っていて。いきなり鶴の構えで「ハチョーー!!」と飛び掛ってくる黒人もいましたし。ただ、ぼくは現地の人と触れあったり、みんなで和気あいあいとしたりというのができないんです。引きこもりなので、他人と楽しく接する技術みたいなものが根本的にないんですよ。まあ、楽しく接したいという欲求も特にないんですけど。他には、よくあるのが日本の歌を歌ってくれ、というリクエストなんですけど、ぼくはなにがなんでも歌いません。だって、恥ずかしいじゃないですか。 |
| 山口 |
じゃあ、どういうコミュニケーションをとって溶け込むの? いや、溶け込まないのかな。 |
| 作者 |
はい。まったく。
行く前は、アフリカを旅している自分はたぶん現地の人と友好を深めて、子供に囲まれて楽しく遊んでいることだろう、という予想というか期待をしていたんですけど。
実際行ってみたら、やっぱり仲間はずれで(号泣)。
そもそも、好きこのんでは外にも出ませんでしたし。アフリカにはキリマンジャロに登ったりスキューバ・ダイビングの免許を取ったりという定番のアクティビティがあって、大抵そこを通った旅行者はみんなチャレンジするんですよ。当然、ぼくもアフリカに行ったからにはキリマンジャロも制覇してダイビング免許も取得して、それをきっかけに海系のスポーツに目覚めて、帰国したら毎週湘南や鎌倉に通って浅黒くたくましい体になって……と想像していたんですが、全くなりませんでした。考えてみれば当たり前なんですけど、アフリカに行っただけでコロっと趣味や性格まで変わるわけじゃないんですよね。ぼくとしては、旅をしている時点ですでに十分苦しい思いを味わっているわけじゃないですか。その上なんで、自ら海に潜ったり山に登ったりと、より苦しい目にあわなきゃいけないんだ、冗談じゃない。と日々思いながら旅をしていました。
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| 山口 |
じゃあ、アウトドアではあるけれど、アフリカに行っても心の中では引き籠もって周りを観察している感じかしら。 |
| 作者 |
そんな感じです。宿で旅行者同士が酒を飲みながら盛り上がっているのを、隣のテーブルで見ながら「ケッ。何が楽しいんだよ。情けないやつらめ。仲間とつるまないと何もできないのかよ」と一人でウジウジとスネている、みたいな。ほんとうはちょっと仲間に入りたいんですけど、入れないからそうやって意味不明に強がってごまかすんです(号泣)。
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| 山口 |
アジア圏の印象はいかがでしたか? |
| 作者 |
南アジアは宗教の違いがそのまま人柄に出ている、という印象でした。国別に大雑把に言うとインドがヒンズー教で、その両隣のバングラデシュとパキスタンはイスラム教なんです。で、そのインドと隣国の差がすさまじいですね。全然隣国と思えないどころか、違う惑星のようにさえ感じます。
イスラム教の人たちは、基本的にいい人ばかりなんです。初対面でも昔からの親友のように接してくれて、たまたまバスで隣に座ったり、道を訪ねたりというだけで、家に招かれたりご馳走になったりすることが日常茶飯事で。一応警戒はするんですけど、騙されることもほとんどない。
パキスタンで博物館に行きたいと思って通行人に道を訊いたんです。そうしたらリキシャを止めてくれて、なにやら運転手と話をして、なぜかお金を払っているんです。で、「話をつけといたから、乗っていけ。料金も払っておいたから」と。びっくりして「なんで?」と聞いたら、「おまえはゲストだから」って言うんですよ。さすがに感動して、号泣しました。
インドでも、話しかけてくるリキシャの運転手に「○○に行きたい」と言うと、「じゃあタダで連れてってやるよ。乗っていけ」と親切に言われることは多いんです。ただ、インドの場合は必ず途中で土産物屋や旅行会社で降ろされて、店員に囲まれて恐怖体験を味わうことになります。たまに鍵もかけられたりして。結局、なんとか脱出して別のリキシャをつかまえるんですけど、運が悪ければまた同じことの繰り返しで。パキスタンでは人の温かみ、見ず知らずの人間との交流の素晴らしさみたいなものを学び、インドでは他人を信用してはいけないということを学びました。 |
| 山口 |
インドではサイババの弟子にも会ったんですよね(笑)。 |
| 作者 |
バラナシというところに、サイババの一番弟子でライババという、安易な名前のおじさんがいました。道端で日本語のすごくうまいインド人に声をかけられて、「今ちょうどお祭りの時期で、サイババの一番弟子が来ている」って呼び込みされて。手相占いで過去の出来事も未来の運命もなんでもお見通しという触れ込みだったんです。そんなこと言われたら気になるじゃないですか。しかも、そのライババは昨日到着して、たった3日の滞在で次の都市に移動してしまうから、今が最大にして最後のチャンスらしいんです。そのチャンスを逃してなるものかと占ってもらいに行ったんですけど……。
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| 山口 |
当たっていたの? |
| 作者 |
実際、かなりの的中率でした。「過去に家族の助けを受けたことがあるね」とか、「大学時代は仲の良い友人がいただろう」とか「交通違反をしたことがあるだろう」とか、びっくりするくらい見事にぼくの過去を言い当てられてしまって……というか誰でもあるんだよそんなもんは!! 金返せボケ!!! と暴れたくなるような内容で。
しかも、「40歳のときにおまえは交通事故に遭ってなおかつその手術が失敗して後遺症が残る。そうなりたくなければ、このお守りを60ドルで買いなさい」と。もうほとんど◯◯教◯です(編集部注:問題があるので削除しました)。それで「お金がないから買えない、なんとかしてくれ」と必死で頼みこんだら、「そうか、じゃ、サイババとちょっと交信してみるから」と眼を瞑ってブツブツ何かを唱え始めて、しばらくしたら「サイババは今回だけは大丈夫だと言っている」って。なんとか大丈夫みたいです。 |
| 山口 |
一番弟子というのは本当? |
| 作者 |
一番弟子というのも、昨日到着したというのも全てウソではないかと。実は去年、3年ぶりにインドに行ったんです。そしたらまたバラナシの路上で日本語を喋るインド人につかまったんですけど、以前と寸分たがわず「今ちょうどお祭りの時期で、サイババの一番弟子が来ている。昨日到着して、たった3日の滞在でもう次の都市に移動してしまうから、今が最大にして最後のチャンスだ」と言ってました。もちろん、「昨日到着したばかり」というのがウソなんでしょう。もしくは、サイババの1番弟子が1000人くらいいて、毎日交代でバラナシに到着しているということも考えられなくはないですが。とにかく3年の時を全く感じさせませんでした。
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| 山口 |
生きるために何でもしちゃうぞ、ということなのかな。 |
| 作者 |
それもあると思いますけど、生きるために必死な人はもっとストレートなんですよね。物乞いをしたり自分の店に連れて行って物を買わせようとしたり。そうじゃなくて巧妙に旅行者を騙す人たちは、生きるためというよりは単純に悪人のような気がします。自分の接した人々についてだけの感想ですけど、インド人、あと中国人は、基本的に自分のことしか考えてないんですよね。これをやったら自分は得をして気分がいいけど、反面相手はどう思うだろう、嫌な思いをするんじゃないかな、ということを考える能力が欠けているような印象を受けました。自分さえよければあとはどうだっていいんですよ彼らは。心底腹が立ちます。……って友人が言ってました。ってことにしたいんですけど本当は自分でそう思いました。これは内緒でお願いします。 |