| 山口 |
2年間は続けようね、とこの蒙古斑革命を始めたんですが、ついにやり遂げたんですよ。 |
| 高木 |
2年間やり通したのですね。お疲れ様でした。 |
| 山口 |
お疲れ様でした。由利子さんはいろいろなジャンルの方々の写真を撮られま
したけれど、振り返ってみていかがでしたか。 |
| 高木 |
無名な人も有名な人も、老いも若きもいろいろな方がいましたが、何かを追い求めている人は「強い」と感じました。 |
| 山口 |
それは私も感じました。様々な形ではあれ、中に強さを秘めている。だからこそ何かを創造したり表現することができているんでしょう。ものを創る側、人に何かを提供する立場にある人は、内に秘めた強さを持っていないと、クリエイターにはなりきれないというか。無から有を生み出すということは苦しいことでもあるから、強くないと耐えきれないのかもしれませんね。 |
| 高木 |
一見、ふつうに見える人でも、いったん撮り始めてファインダー越しに見ていると、その強さがだんだん出てくるんです。特にそれが目に現れる。それは写真の面白さでもあって、改めてそれを感じました。 |
| 山口 |
由利子さんがそういう部分を自然に引き出し、引き出した瞬間にシャッターを押しているの。常に被写体と向き合い勝負しているというか。
そのと きの由利子さん自身からも、とても強いエネルギーを感じました。 優しいけれど、とても強い。それに呼応するかのように、被写体の側も内にある強いものが浮かび上がってくる。そういう瞬間を何度も見た気がします。 |
| 高木 |
私は写真という表現においては、写真家とカメラと被写体という3者が共犯者だと思っているんです。そういった関係を考えると、今、逆に写真はすごく難しい時代にきていると感じます。カメラの存在も当たり前になってしまって、撮る側もシャッターを押せばすぐに撮れるし、撮られる側も撮られることに慣れてしまっている。その中で、写真家・カメラ・被写体という特別な3者の関係を持つというのは、結構、チャレンジなことなんです。だからこそ面白い、とも言えますが。 |
| 山口 |
今、写真は誰でも撮ることができるから、表面の形だけはとれるんですね。工夫さえすればキレイに撮れる。でもその人の中に秘めている光や強さ、ふだんなかなか表に現れないものを捉えるということ。そ
れはやはり撮る側の力や能力に関わってくると思います。 |
| 高木 |
昔はポートレイトを撮るときに、どう撮ったらいいか、事前にちょっと考えていたんです。でも最近は本人と直に会うまでは、あまり考えないようにしているんです。会ってその人を見て、この光でこのバックで、と瞬時に決断することができるようになった。ファッション撮影のときは少し考えるけれど、ポートレイトの場合、たとえば小夜子さんがそこにいて私がここにいる、という状態だけを撮りたいと思っていて。こちら側に意図がありすぎると、対する相手も構えすぎてしまうんです。若いときは難しかったそのことが、今になってでき始めたかなと思います。 |
| 山口 |
その人そのものを引き出したい、というのは私もインタビューするにあたって思いました。私はずっとインタビューをされる側にいて、する側に立つのはこの仕事が初めてなんですが、初めに決めていたことがあったんです。リラックスした中で、その人と向かい合ってみようと。何かを聞き出そうと考えすぎてしまうと、逆にその人のほんとうの部分に蓋をしてしまうような気がして。もちろん下調べはするし、知っておくべきことは事前に把握するし、聞いてみたい興味のあることは当然ある。でもすべては知らないようにして、その人自身と向かい合ってみようと思ったんです。突っ込んで掘り下げていくインタビューをする形もあったと思うけれど、あえて今回はリラックスした雰囲気の中で、何が引き出せるのか、どういうお話しができるのかを大切にしたんです。 |
| 高木 |
インタビューされる側からする側になって面白かった?。 |
| 山口 |
面白かった。される側だったから、相手の気持ちも分かるの。だからインタビューするのが楽しかった。もちろん、みなさん興味深い方にお願いしたわけだから、その人の日ごろ考えているいろいろなことを聞いてみたい、そんな気持ちで対していたように思います。 |