●words from SAYOKO
●第一章 とても自然にドラァグクィーン
●第二章 建物を建てない建築家
●第三章 幹から枝葉を伸ばす様々な表現
●第四章 装うというマジック
●第五章 無理をせず自分に正直に生きる
ヴィヴィアン佐藤●Vivienne Sato
ドラァグクィーンの異装に身を包み東京中のクラブシーンやパーティシーンに出没し、「建てない建築家」としてさまざまな領域を横断し活躍するアーティスト。金沢工業大学建築学科大学院卒業後、磯崎新アトリエを経て、活動を開始。衣装やカツラなどのファッション・デザイン、イラストレーション、ウィンドウ・ディスプレイ、内装、舞台美術、映画批評、エッセイなど八面六臂の活躍ぶりは、ここ数年まとめられ、カツラ、イラスト、建築、映像などをテーマにした個展で披露されている。人形作家の四谷シモンや金子國義ら気鋭のアーティストが集った「四谷婦人会」の現会長。
http://www.geocities.com/vivi-s/

ドラァグクィーンのきらびやかな装いのヴィヴィアンさんとは、数多のパーティやイベントですれ違ってきましたが、軽妙なトークと圧倒的な存在感を披露しながら、人をさっと受け入れてしまうような優しく柔らかな空気をいつも感じていました。私の友人は何かにつけて「あれほど優しくて心の温かい、人間的に素晴らしい人はいない」と言っていますが、その言葉の通りの方なのです。

装いを外した素顔のヴィヴィアンさんは謙虚で控えめなくらいに静かな方です。以前に私が映画出演のお手伝いをしたときに、ヴィヴィアンさんがサポート役についてくださったことがあったのですが、そのときの繊細な心遣いは特に印象的でした。ごくごく自然に、私が欲しいものを、すっとさりげなく目の前に出してくれるのです。姿見が必要な場面では姿見を、喉が渇いたと思えばお水を。それも私が具体的に頭の中で形にする前に。

それはもちろん、ご自身が見られる側に立たれているからこそできる配慮であったと思いますが、それ以上に、自然ににじみ出てくる人に対する愛があるからではないかと思います。ほんとうにナチュラルに人に優しくできるその本質が、装うことで、周りをハッピーにしてしまうパワーに変換されているように感じます。

今回お話を伺ってわかったのは、こうした装いがヴィヴィアンさんにとって、とても自然なことなのだということ。「装うほど自分が裸になる感じがする」とお話の中にありましたが、装うことで自分の本質が顕わになるという視点は、ファッションの仕事をしている私にとっても、なるほどと頷けることでした。

また、それは「建築を建てない建築家」であるアーティストの表現としても自然なことで、“ヴィヴィアン佐藤”さんそのものが、自分の身体を通したある意味での“建築”なのです。ウィッグやドレスをまとったドラァグクィーンであることはもちろん、ウィンドウ・ディスプレイや内装、イラストレーション、映画評論やエッセイも書かれ、あるときはお店のママもしたり、まさに八面六臂の活動ぶりですが、それはすべて幹となる核から伸びた表現の枝葉であるのです。

固まった思考をときほぐしてくれるマジックを日常の中に投げかけてくれる表現をこれからも楽しみにしています。


    
 



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